「調子が良いから」が落とし穴? 

大阪から来院されたご家族

ある年のゴールデンウィーク中の平日、大阪から一組の家族がお越しになりました。
「とても良いと評判を聞いていたから、帰省に合わせてぜひ診てもらいたくて」。
紹介者は、日頃から当院をご利用くださっている常連の方です。

お見えになったのは、施術を希望されている60代の佐藤さん(仮名)と、そのお嬢様、そしてお孫さんの賑やかな三人連れでした。

佐藤さんは、膝の痛みがあり、歩くのがとても辛いという状態でした。遠方から、しかもご家族皆様でいらっしゃったことに、私も気合が入りました。

施術を終え、佐藤さんは立ち上がって歩いてみられ、「あら!さっきよりずっと楽だわ!痛みが和らいだわ!」と、見違えるように明るい表情になられました。付き添っておられたお嬢様も、その変化に大変喜んでいらっしゃいました。

佐藤さんは「大阪へ帰る前にもう一度お願いしたい」と、とても上機嫌で、翌々日のご予約を入れてお帰りになりました。私も、効果を実感していただけて本当に嬉しく思いました。

翌々日の暗い表情

そして約束の日、再び患者様がお見えになりました。

ところが、どうされたのでしょう。前回の晴れやかなお顔とはまるで違い、どこか沈んだ、憂鬱そうなご様子です。

「先生、悪いんです。全然良くなってないんです。」

そうおっしゃる佐藤さんに、私は心の中で「一体何があったのだろう…?」と思いました。詳しくお話を伺ってみると、付き添いのお嬢様が恐縮しながら、こう教えてくださったのです。

「先生、実はですね…。母、前回の施術後、すごく調子が良くなったので、嬉しくなって…孫と一緒に遊園地のトランポリンで遊んだらしいんです。

…トランポリン、ですか!

お孫さんと遊びたかったお気持ちは痛いほど分かります。施術によって痛みが和らぎ、「これなら大丈夫!」と思われたのでしょう。

しかし、普段しないようなトランポリンの衝撃は、あまりにも負担が大きすぎました。せっかく和らいでいた痛みがぶり返し、かえって前回よりも辛い状態になってしまっていたのです。

改めて丁寧に施術をさせていただき、痛みも和らぎ、安心して大阪へお帰りいただけたようですが、この一件は私にとって、そして佐藤さんにとっても、大切な学びとなりました。

「良くなった時こそ慎重に」

この経験から、改めて皆様にお伝えしたいことがあります。

それは、「鍼灸の施術を受けて調子が良くなった時こそ、慎重に」ということです。

鍼灸は、自身の身体が持つ「自然治癒力」を高めるお手伝いをします。滞っていた気の流れや血行が良くなり、体のバランスが整うことで、長年の痛みや不調が和らぎ、楽になったと感じていただける。これは、鍼灸師として最も喜ばしい瞬間です。

ですが、施術直後というのは、身体が良い方向へ変化しようとしている時期です。

痛みが消えた!楽になった!と感じた解放感から、ついつい今までしたかった事や普段しないような無理な動きをしたりしてしまうことがあります。先の佐藤さんのように、嬉しさのあまり無茶をしてしまうケースもあれば、「せっかく良くなったから」と重い荷物を持ったり、長時間歩き回ったりする方もいらっしゃいます。

しかし、残念ながら、そういった行為はせっかく施術で整えた体のバランスを崩し、症状をぶり返させてしまうことが少なくありません。一生懸命ケアした効果を、ご自身の行動で無効にしてしまうのは、非常にもったいないことです。

例えるなら、丁寧に手当てした傷口が、治りかけだからといってすぐに激しい運動をして、また開いてしまうようなものです。体が回復に向かっている途中には、適切な「安静」や「体の声を聞く」ことが非常に大切なのです。

体の声を聞いて無理は禁物

痛みや不調が和らいだ時こそ、さらに良い方向へ向かうための「準備期間」と考えていただきたいと思います。

  • 施術当日は、なるべくゆっくりお過ごしください。 激しい運動や長時間の外出は避け、体を休ませることが何より大切です。
  • 翌日以降も、急に活動レベルを上げるのではなく、体の様子を見ながら、少しずつ慣らしていくようにしましょう。 「これくらいなら大丈夫かな?」と少しでも不安を感じたら、無理は禁物です。
  • ご自身の体の声に耳を傾けてください。 「少し疲れたな」「この動きは違和感があるな」と感じたら、すぐに休息をとる勇気を持ちましょう。

鍼灸の効果を最大限に引き出し、持続させるためには、鍼灸院での施術だけでなく、ご自身の身体との向き合い方も非常に重要になります。