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60歳からの再出発
1980年代後半、サンフランシスコに住む60歳の男性、ボブは、健康の大切さを痛感しながらも、変わるきっかけを掴めずにいた。長年、不摂生な食生活と運動不足、そして喫煙が祟り、冠動脈疾患を抱えていたのだ。医師からは「このままでは命に関わる」と警告され、薬を処方されたが、一向に改善する気配はない。
一筋の光
そんな時、ボブは新聞で「心臓病改善!生活習慣見直しプロジェクト」という記事を目にした。食事療法と運動、ストレス管理トレーニング、禁煙、グループサポートという包括的な生活習慣改善プログラムで、冠動脈疾患が改善するというのだ。藁にもすがる思いで、ボブはこの研究に参加することにした。
生活習慣改善プログラムへの挑戦
ボブは、プログラム参加への切符を手に、期待に胸を膨らませながら1週間の合宿へと向かった。そこで、低脂肪の菜食を中心とした食事、1日30分以上のウォーキングなどの運動、ストレスを軽減するための瞑想やストレッチ、そして禁煙を指導された。
食事は、野菜や果物、全粒穀物、豆類が中心で、肉や乳製品はほとんど食べられない。最初は物足りなさを感じたが、徐々に慣れていった。
運動は、最初は息切れがしたが、徐々に体力がついていくのを実感した。
ストレス管理のトレーニングでは、瞑想やストレッチなどのリラクゼーション法を学んだ。ストレスを感じると、すぐにこれらの方法を実践するようにした。
禁煙は、一番辛かった。何度も挫折しそうになったが、グループサポートの仲間たちの励ましで、なんとか禁煙を続けることができた。
合宿が終わった後、ボブはこのプログラムを約1年間続けることになる。その間、定期的なグループサポートミーティング(週に2回)に参加。
1年後
1年後、ボブはプログラムを達成し再び病院で検査を受けた。結果は驚くべきものだった。なんと、彼の冠動脈は拡張し、血流が改善していたのだ!医師も、ボブの努力と結果に驚きを隠せない。
「ボブさん、素晴らしい!これは、まさに奇跡です!あなたの努力が実を結びましたね。」
ボブは、医師の言葉に涙を流した
諦めないことの大切さ
ボブの物語は、諦めずに養生に励むことの大切さを教えてくれる。たとえ年齢を重ねていても、生活習慣を改善することで、より健康になる可能性があるのだ。
解説
ボブの物語はフィクションですが、其の内容は1990年、医学雑誌ランセットに掲載されたディーン・ オーニッシュ博士の研究論文に基づいています。食事や運動などの生活習慣の改善が、冠動脈疾患に有効である可能性を示した画期的な研究です。現在ではさらに多くの研究が行われ、生活習慣改善と心臓病との関係についてより深い理解が得られています。
以下に論文内容を一部紹介します。
概要
- 48人の冠動脈疾患患者を、実験群(28人)と対照群(20人)に分けました。
- 実験群には、低脂肪の菜食、禁煙、ストレス管理トレーニング、適度な運動を含む包括的な生活習慣改善プログラムを実施しました。
- 対照群は今まで通りの生活を続けました。
- 1年後、冠動脈造影検査で動脈の状態を比較しました。
- 実験群の82%で冠動脈の状態が改善し、平均狭窄率が40%から37.8%に減少しました。
参加者
年齢: 35歳から75歳まで
居住地: サンフランシスコ都市圏在住
健康状態:
- 他の生命を脅かす病気にかかっていない
- 過去6週間以内に心筋梗塞を起こしていない
- ストレプトキナーゼまたはアルテプラーゼ等の血栓溶解薬の投与歴がない
- 現在、脂質低下薬を服用していない
- 冠動脈疾患の程度:
- 1枝、2枝、または3枝の冠動脈疾患(拡張またはバイパスされていない冠動脈に測定可能な冠動脈アテローム性動脈硬化がある状態と定義)
- 左室駆出率が25%以上
- その他:
- 冠動脈バイパス術の予定がない
- 担当循環器専門医および主治医の許可を得ている
これらの基準は、研究の対象となる患者を適切に選定し、研究結果の信頼性を高めるために設定されています。特に、重篤な疾患や特定の治療を受けている患者を除外することで、生活習慣改善の効果をより明確に評価することが可能です。また、サンフランシスコ在住という条件は、研究への参加やフォローアップを容易にするためのものです。
年齢 | 体重(Kg) | BMI | |
実験群 28人 | 56.1 | 91.1 | 28.4 |
対照群 20人 | 59.8 | 80.4 | 26.5 |
BMIとは
BMIは、Body Mass Indexの略で、身長と体重から算出される肥満度を表す指標です。計算式は以下の通りです。
BMI = 体重(kg) / 身長(m)の2乗
BMIが高いほど肥満度が高いとされ、健康リスクが増加する可能性があります。一般的には、以下の基準で評価されます。
- 18.5未満:低体重
- 18.5以上25未満:普通体重
- 25以上30未満:肥満(1度)
- 30以上35未満:肥満(2度)
- 35以上:肥満(3度)
実験参加者のBMIについて
今回の実験では、対照群のBMIが26.5、実験群が28.4でした。どちらの群もBMIが25を超えており、**肥満(1度)**に分類されます。
結果
研究では、実験群(生活習慣改善プログラムを実施したグループ)において、冠動脈狭窄が改善たのに対し、対照群(通常のケアを受けたグループ)では、冠動脈狭窄が悪化しました。
実験群の82%で冠動脈の状態が改善し、平均狭窄率が40%から37.8%に減少しました。特に、50%以上狭窄していた病変では、61.1%から55.8%に減少しました。対照群では狭窄率が増加しました。
ベースライン(プログラム参加時) | 1年後 | |
実験群 | 40 | 37.8 |
対照群 | 42.7 | 46.1 |
冠動脈の狭窄率が40%から37.8%に減少したという結果は、一見すると小さな変化のように思えるかもしれません。しかし、これは心臓の血流供給に大きな影響を与える可能性があります。
冠動脈は心臓に血液と酸素を供給する重要な血管です。狭窄率とは、この血管が動脈硬化などによって狭くなっている割合を示します。狭窄率が高いほど、心臓への血流が減少し、狭心症(胸の痛み)や心筋梗塞(心臓発作)のリスクが高まります。
狭窄率が改善したということは、心臓への血流がよりスムーズになったことを意味します。特に、Perfusion is a fourth-power function of coronary artery diameter(血流灌流量は冠動脈直径の4乗に比例する)という記述が論文中にあります。つまり、冠動脈の直径がわずかに増加するだけでも、血流量は大幅に増加するのです。
この研究では、わずか1年間の生活習慣改善で平均狭窄率が2.2%減少しました。これは、薬物療法や外科手術なしで、心臓の健康状態を大きく改善できる可能性を示唆しています。特に、重度の狭窄がある患者にとって、この改善は非常に重要です。
したがって、狭窄率の数値のわずかな変化は、心臓の機能や患者の生活の質に大きな影響を与える可能性があるため、決して軽視すべきではありません。
ベースライン(プログラム参加時) | 1年後 | |
実験群 | 91.1 | 81.0 |
対照群 | 80.4 | 81.8 |
生活習慣改善プログラム
この実験における生活習慣改善プログラムは、以下の要素から構成されていました。
食事改善
- 低脂肪の菜食: 果物、野菜、穀物、豆類、大豆製品を中心とした食事で、カロリー制限はありませんでした。
- 動物性食品の制限: 卵白と、無脂肪牛乳またはヨーグルトを1日1カップのみ摂取可能でした。
- 栄養成分の割合:
脂質約10%(多価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸比は1以上)、タンパク質15~20%、炭水化物(主に複合炭水化物)70~75%でした。 - コレステロール摂取制限: 1日5mg以下に制限。
- その他の制限: カフェインは禁止、アルコール(アルコール依存症の既往がある場合は禁止)。
- 栄養補助: ビタミンB12のサプリメントを摂取。
脂質約10%(多価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸比は1以上)とは、実験群の参加者に推奨された食事の脂肪摂取量と脂肪酸の種類に関するものです。具体的には、以下の点を示しています。
- 脂質約10%: これは、食事全体のカロリーのうち、脂質から得られるカロリーの割合が約10%であることを意味します。一般的な食事と比較すると、これはかなり低い値です。通常の食事では、脂質が総カロリーの20~30%を占めることも珍しくありません。
- 多価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸比は1以上: これは、食事に含まれる脂肪酸の種類に関する情報です。
- 多価不飽和脂肪酸: 体内で合成できない必須脂肪酸を含み、一般的にコレステロール値を下げる働きがあると言われています。魚、ナッツ、植物油などに多く含まれます。
- 飽和脂肪酸: 過剰摂取はコレステロール値を上げる可能性があり、肉類、乳製品、バターなどに多く含まれます。
- 比が1以上: 食事中の多価不飽和脂肪酸の量が飽和脂肪酸の量と同じか、それ以上であることを意味します。これは、心臓の健康にとってより良い脂肪酸バランスと考えられています。
つまり、この食事では、脂肪の摂取量を大幅に減らし、さらに摂取する脂肪の種類にも配慮することで、心臓病のリスクを減らすことを目指しています。
運動
- 運動の種類: 各患者に合わせて、主にウォーキングが処方されました。
- 運動強度: ベースラインのトレッドミルテストの結果に基づき、目標心拍数が個別に設定されました。
- 運動頻度と時間: 週3時間以上、1セッションあたり30分以上を目標心拍数内で運動することが求められました。
これらの食事と運動の改善に加えて、ストレス管理トレーニング、禁煙、グループサポートなどもプログラムに含まれていました。これらの包括的な生活習慣の変更を通じて、冠動脈疾患の改善を目指しました。
まとめ
日々の生活習慣を見直し、改善していくことで、心臓病の発症リスクを減らし、さらには病状を改善できる可能性がありますす。あなたの健康な未来は、あなた自身の手で作ることができます。健康な未来への第一歩を、踏み出しましょう。
Ornish, D., Scherwitz, L. W., Billings, J. H., Brown, S. E., Armstrong, W. T., Ports, T. A., … & Gould, K. L. (1990). Can lifestyle changes reverse coronary heart disease? The Lifestyle Heart Trial. The Lancet, 336(8708), 129-133.